ピアソン記念館について
ピアソン記念館は、北見開拓創成期の精神文化に大きな役割を果たしたピアソン宣教師夫妻の伝道拠点であった私邸を、1970(昭和45)年に記念館として復元したものです。1969(昭和44)年にピアソン氏の生まれ故郷アメリカのエリザベス市と姉妹都市となったこともあり、『ピアソン夫妻の北見での業績を末永く語り継ぐ拠点として「記念館」を設置しては』との、多くの市民の声を反映したものでした。
このピアソン邸は、山小屋風の西洋館として1914(大正3)年に建築されましたが、ごく最近まで、ピアソン宣教師自身が設計・監督して建築したものと考えられておりました。しかし、1995(平成7)年に、大阪芸術大学の山形政昭氏(当時助教授)の研究により、日本の建築史の中で余りにも有名なウイリアム・メレル・ヴォーリズの設計であることが判明し、設計図の原本も発見されました。ヴォーリズは全国で約1,600の作品を生涯で残していますがそれらの中で日本最北の地に、それもごく初期の作品が現存しているなどとは、関係者にとっても予想もしなかったことでした。